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2022.03.18
[アルプスピアホーム[長野ショールーム]スタッフブログ]

皆さん、こんにちは!
大学では空き地の利活用などを研究していた長野店プランナーの吉田です。

 

今回も自分の好きなことについて語りたいと思います!

前回の紹介した、「宮本忠長」さんの携わった【小布施町の修景事業】についてご紹介したいと思います。

修景とは「都市計画において自然の美しさを損なわないよう整備すること」です。

修景事業と関わる「小布施町」はどのような背景がありどんな想いで修景されたのでしょうか?

 

 

さかのぼること江戸時代、交通と経済の要として栄えた小布施町。
地形を活かした農業、【六斎市】の成功による豪商・豪農が数多く誕生しました。
彼らは、晩年の【葛飾北斎】の作品制作を支援するなどし、数多くの作品が小布施には残ります。

栄えた小布施町も明治維新後には工業化が進む中で衰退を初めてしまいます。
須坂市では急激な製糸業の発展により須坂市が栄えるようになりました。

 

衰退の一途を辿る小布施は第二次世界大戦後、初代公民館長の「林柳波」さんは
多くの疎開住民を町をつくる町民として受け入れたそうです。

協同していく姿は今でも文献に残っているそうでう。
その後、高度経済成長により都市部への人口流出が続きます。
1950年には1万1000人近くだった小布施町の人口は、1970年には9625人まで減少します。

 

1970年頃にいよいよ、小布施がまちづくりに着手します。
一体どのような方法で来訪者約100万人の街になったのか!

 

次回、修景事業編です!
ご興味ある方は、乞うご期待!

 

画像引用・参考:小布施のまちづくり
https://www.town.obuse.nagano.jp/town-development/index.html

 

 

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